酒屋から製造業へ。
150年に渡る挑戦。
徳岡は、酒類・食品の流通を中心に、
製造・輸入・販売までを一貫して担う企業グループと
して歩みを進めてまいりました。
長年にわたり培ってきた知見とネットワークを基盤に、食と飲料の領域における確かな供給体制を構築し、
国内外の多様なニーズに応えています。
独自ブランドの誕生から、戦後復興、
業務用卸売への転換、ワイン事業の拡大、
そして製造業への進出まで——。
時代ごとの課題に向き合いながら、新たな商いを
創り続けてきた徳岡の150年をご紹介します。
HISTORY
1874-1950
第1章
創業と戦後復興
創業、そして戦火を越えて
明治7年(1874年)、大阪の地に一人の男、徳岡市兵衛が酒商としての暖簾を掲げた。商いを興すと同時に、徳岡は船酒会の発展にも力を注ぎ、地域の酒造・酒販文化の礎を築いていく。
二代目市兵衛の息子・豊三郎は、わずか10代で店主の座を継いだ。だが時代は大きく揺れ動く。日中戦争の勃発により酒は統制物資となり、市場に出回る量は急激に減少。太平洋戦争が始まると家族は疎開を余儀なくされ、店も一時閉店を迎えた。
昭和20年(1945年)、空襲が店舗や家屋を焼き尽くす中、蔵だけが奇跡的に焼け残った。この一棟が、後の再興を支える希望の灯となる。敗戦を迎えると、その混乱のただ中でいち早く営業を再開。小売業としての体制を立て直し、新たな店舗家屋も完成させ、戦後復興の時代を歩み始めた。焼け残った蔵とともに、徳岡の商いは次の世代へと引き継がれていく。
1968-1979
第2章
法人化と事業拡大
「株式会社徳岡商店」誕生
法人化と事業拡大の礎
昭和43年(1968年)、業務用食料品部門への進出を果たすとともに、祝日休業をはじめとする労働条件の改善に着手した。残業手当の導入、年末休業の実施と、従業員の働く環境を見直す動きが年を追うごとに広がっていく。
そして昭和46年(1971年)、こうした歩みの集大成として「株式会社徳岡商店」が資本金500万円で設立された。個人商店から法人へ——経営基盤を新たにする大きな一歩であり、同時に労働時短も実現し、事業と働く環境の両輪での整備が進んだ。
その後、事務の機械化に取り組み始めるとともに自動販売機オペレーター業へも進出し、事業の幅を広げていく。昭和50年(1975年)には「株式会社タカラヤ(洋酒・食品卸)」の営業権を吸収合併。増資を重ね、徳岡豊裕が代表取締役に就任すると、昭和54年(1979年)には「平鹿(酒小売業)」の営業権も吸収合併するなど、事業拡大と経営体制の刷新が続いた。
1981-1986
第3章
情報化投資と
新規事業展開
「株式会社徳岡」へ
情報化投資と新たな挑戦の幕開け
昭和46年(1971年)に設立された株式会社徳岡商店は、業務用卸売への転換を進める中、豊三郎の病により豊裕が代表取締役に就任。昭和50年(1975年)には洋酒・食品卸の株式会社タカラヤを吸収合併し、ワインの可能性に着目した豊裕は、若い社員とともに学びを重ねながら「ワインで大阪一になる」と決意する。
社名を「株式会社徳岡」と改めたこの時代、経営の軸となったのは徹底した情報化投資だった。オンラインリアルタイムの販売システムと3代目コンピューターが導入され、利益の5%をシステム投資に充てる方針のもと、福島区には新たな配送センターも完成した。
昭和58年(1983年)には本店にレストラン「わいん家」を開店するとともに、三洋電機貿易株式会社と提携し共同で三洋洋酒販売株式会社を設立。輸入酒類の販売網を広げていく。4代目コンピューターの導入を経て、昭和61年(1986年)には三洋インポートリカークラブ(SILC)を立ち上げ、17社の賛同を集めるまでに成長した。
1987-1990
第4章
平成の幕開けと
海外進出
平成の幕開けと、
ドイツワイナリー経営への挑戦
昭和から平成へと時代が移る中、徳岡は情報インフラの整備と輸入酒類ビジネスの新展開に踏み出す。本支社・関連会社間を結ぶオンラインシステムが構築され、輸入酒類の革新的な小売事業「SAKE市場マルシェ」の展開も始まった。
平成に入ると、SILCの会員各社と共同出資でフォン・ブールジャパン株式会社を設立。同社は翌年、セント・ミハエル・ワイン・アンド・スピリッツ株式会社へと社名を変え、三洋電機貿易株式会社と共同でドイツ現地法人Weingut RvB GmbHを設立した。名門Reichsrat von Buhl醸造所のリース契約を結び、経営そのものを事業目的とするという、当時としては極めて挑戦的な取り組みだった。
同じ平成2年(1990年)、大阪市西区には株式会社リカーメイトシミズも設立され、グループの事業基盤はさらに広がりを見せた。
1993-2008
第5章
M&Aによる
グループ拡大
M&Aによるグループ拡大と、
ホールディングス体制の確立
平成5年(1993年)のCIC吸収合併を皮切りに、徳岡グループは同業各社の吸収合併を重ね、着実に規模を広げていく。三洋洋酒販売は株式会社トクオカビジネスコンサルタントへと社名を変更し、ホームページ「Wine-net」を開設。インターネットという新たな販売チャネルにも早くから対応した。
以降、(有)中尾商店・(有)足立商店を皮切りに、上田商店、東町酒販、グランマルシェと、地域の同業各社を次々と吸収合併。そして平成19年(2007年)、大阪市浪速区に株式会社リカーメイトシミズ、株式会社徳岡ほか計3社を傘下とする持株会社「FOR-RESTホールディングス株式会社」を設立し、リカーメイトシミズは株式会社徳岡シミズへと改称された。翌年にはイギリスに輸出入コンサルティング会社「Tokuoka(Europe) Limited」を子会社として設立し、海外展開にも着手している。
2009-2012
第6章
東京進出と
海外拠点の設立
東京進出と、海外への布石
平成21年(2009年)、東京都目黒区東山に東京事業所を立ち上げ、首都圏への足がかりを築いた。翌年には事業所を新木場へ移転するとともに、韓国産新ジャンル「ハイト」の生樽販売代理店にも就任する。
平成23年(2011年)には上海に酒類輸入販売会社「ROYAL OAK」を子会社として設立し、海外市場への本格的な布石を打った。翌年には「徳岡フィロソフィー手帳」の初版を発行し、拡大を続けるグループの理念を社員一人ひとりと共有する取り組みが始まっている。
2012
第7章
山梨進出、
ワイン製造への布石
山梨進出と、
ワイン製造への参入
平成24年(2012年)、徳岡グループはM&Aにより南アルプスワインアンドビバレッジ株式会社を山梨県甲府市に資本金2,000万円で設立し、酒類卸から製造業へと大きく舵を切った。山梨県笛吹市に工場を取得し、瓶詰製造許可、酒類製造免許を相次いで取得。有限会社内山商店の事業も譲り受け、製造拠点としての体制を整えた。長く酒類の販売を担ってきたグループが、いよいよ自らワインをつくる側へと踏み出した瞬間である。
2013-2014
第8章
製造業としての
本格始動
製造業としての本格始動と、
多角化
平成25年(2013年)、山梨工場でワインの製造がいよいよ始まった。ワインBIB(バッグ・イン・ボックス)やミネラルウォーターの製造も相次いでスタートし、清涼飲料水製造免許も取得。ベルギーから直輸入したベルギービール「ベルモルト」の生樽販売も始まり、輸入酒類の取り扱いも一段と多彩になった。
翌平成26年(2014年)には、イギリスの子会社を「Terroir Et Vin Limited」へと改称。ミネラルウォーターラインでISO(FSMS)22000認証を取得し、品質管理の水準を国際基準へと引き上げた。同年、神戸物産が展開する「業務スーパー」のフランチャイズ事業にも参入し、製造から小売まで幅広い事業ポートフォリオを築いていく。
2015-2019
第9章
品質認証と
ウイスキー製造
品質へのこだわりと、
ウイスキーへの挑戦
平成27年(2015年)、山梨工場はFSSC22000(ISO/TS22002-1)認証を取得。ワイン専門の製造業者としては国内3社目という快挙であり、品質管理への取り組みが業界内でも高く評価された。同年、新たにウイスキーの製造にも挑戦を開始し、翌年には地下セラーでの熟成がスタート。同じ頃、神戸物産のテナント「馳走菜」のフランチャイズ展開も始まり、飲食分野へのさらなる進出を果たす。
平成29年(2017年)には大容量PETラインが稼働して生産能力を拡大し、平成30年(2018年)には資本金を5,000万円に増資。令和元年(2019年)には、時代の要請を踏まえたSDGsの推進にも本格的に取り組み始めている。
2019-2020
第10章
グループ再編
グループ再編と多業態展開
令和元年(2019年)、資本金を7,500万円、続いて7,625万円へと増資し、新時代を迎える経営基盤を固めた。翌令和2年(2020年)は、徳岡グループにとって大きな転換点となる。「徳岡フィロソフィ手帳」の改定3版とともに10年先を見据えた中期計画ビジョンを発表し、小売部門·業務卸部門事業をグランマルシェ株式会社に譲渡。一方、同年には山梨工場がISO14001(環境マネジメントシステム)認証を取得するなど、グループ再編を通じて中核事業への経営資源の集中を図り、新たなステージへ向けた成長の基盤を確固たるものにした1年となった。
2021
第11章
南アルプスワイン
アンドビバレッジ設立
南アルプスワインアンド
ビバレッジ設立と、
事業基盤の強化
令和3年(2021年)、株式会社徳岡ホールディングスからの新設分割により製造・営業部門を承継する形で、南アルプスワインアンドビバレッジ株式会社(現法人)が資本金1,000万円で設立された。東京支店も江東区東陽町に開業し、東西の事業基盤がさらに強化された。
2022
第12章
「德蔵」誕生と
蒸留事業の本格化
「德蔵」誕生と、
モノづくり基盤の拡充
令和4年(2022年)、本店のレストラン「わいん家」は「德蔵」としてリニューアルオープン。山梨工場には笛吹蒸留棟が完成し、火入式が執り行われた。従来のワイン・飲料製造に加え、本格的な蒸留酒製造へと舵を切り、メーカーとしての基盤を確固たるものにした。
2023-現在
第13章
グループ経営体制の
再編
グループ経営体制の再編
専門性を極めた両輪へ
令和5年(2023年)、南アルプスワインアンドビバレッジ株式会社が、前年(2022年)に買収した富士アクア株式会社の全株式を取得し、子会社化した。
続く令和6年(2024年)、令和3年(2021年)に設立されていた株式会社徳岡ホールディングスが、従来の株式会社徳岡を吸収合併のうえ、商号を「株式会社徳岡」(現法人)へと改める。あわせて南アルプスワインアンドビバレッジ株式会社の営業部門を吸収分割により承継し、グループの営業機能を一本化した。
これにより、営業・卸売・飲食・開発およびグループ統括を担う「株式会社徳岡」と、製造を担う「南アルプスワインアンドビバレッジ株式会社」を中心としたグループ経営体制が確立された。創業から150年、酒商として始まった歩みは今、製造と営業それぞれに強みを持つ両輪の経営体制として、次の時代へと引き継がれている。
TO FUTURE
次の150年へ。
挑戦は、まだ終わらない
明治7年(1874年)、一人の酒商として始まった
歩みは、戦火をくぐり抜け法人化を経て、
自らワインやウイスキーをつくる挑戦へと形を変えながら、150年にわたって受け継がれてきました。
良いものをつくり、必要としてくれる人のもとへ
届けたい——その思いは、時代が変わっても
変わりません。
今、営業・卸売・飲食・開発・グループ管理を担う
株式会社徳岡と、
製造を担う南アルプスワイン
アンドビバレッジ株式会社。
専門性を極めた両輪の体制のもと、地域とお客様の暮らしに寄り添いながら、私たちの挑戦は
これからも続いていきます。